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2015年4月16日木曜日

東海道を歩く (2)鶴見~戸塚    大坪正和

  東海道を歩きはじめて2回目。比較的早く行くことができた。前回は、肌寒く、上下ウインドブレーカーという格好だったが、今回は必要ない。しかも歩けば汗ばむぽかぽか陽気。
 桜の花も見ごろを迎えようとしている。美しい日本の風景を楽しみに出発することにする。
 藤枝駅5時59分発熱海行き。熱海で上野行に乗り換えて鶴見に9時過ぎに到着。朝早くから部活動の恰好をした高校生が多い。そろそろ高校総体予選が始まる。がんばれ高校生。まだ何回かはこの時間の電車にもお世話にならなければならない。

 鶴見は宿場町ではないので、見るべきところはあまりない。歩きだして間もなく国道1号線を渡り、京急のガードをくぐる。頭上が駅になっていて、その名も「国道」。
 この辺りは街道筋に魚屋が目立つ。さすがに江戸時代は海際だった名残か。
 生麦。江戸時代末、ここで薩摩藩士がイギリス人を無礼撃ちにしたところ。民家の塀にプレートがある。
 ???少し離れたところにこちらも「生麦事件記念碑」が。こちらはイギリス人が落命した場所とある。ちとややこしい。それも、現在高速道路建設中のため、一時移転中だとか。
 それにしても旧東海道も肩身が狭くなったもんだ。
 すぐ横はキリンビールの巨大な工場。予約制で工場見学や試飲もできるらしい(無料)。残念ながら先を急がねばならない。その前に、小生下戸であった。

 神奈川宿

 開港当時の遺構が数多く残る。当時、外国の領事館になったお寺。中にはそれが嫌でわざわざ屋根を壊し、使えないと断ったお寺もあったとか。

 「浦島伝説」が残る慶運寺
 高札場も復元されている。すぐ横の図書館には、街道散歩のガイドブックもある。表通りの国道を少し入ると、旧街道の面影を少しでも残そうと苦心している様子が伺える。

 神奈川駅
 大きな道と交差する。この辺りは高台で、昔は海がきれいに見えたらしい。今はビルが立ち並ぶJR横浜駅付近。その先が「みなとみらい」地区。
 都会の中をしばらく歩くと保土ヶ谷宿に入る。ちょうど商店街の縁日。歩行者天国どころかなかなかまっすぐ歩けない賑わい。
 宿場の中には必ずお菓子屋や餅屋がある。当然、食べる。今回は、できうる限り「草餅」を食べることにする。品川宿でもそうだったのだが、関東の草餅は「くわい」の形をしているらしい。いわれは不明。私にはギョウザの形にしかみえない。酒は飲めないはあんこは嫌いだはまったく何が楽しいのかわからないが、疲れたときにはひとつぐらいなら食べようという気にもなる。

 旧八王子街道との分岐
 保土ヶ谷商店街を抜けたところが本陣跡
 国道脇に松並木を再現している。

 これからいよいよ「権太坂」にかかる。
 坂の手前にはお肉屋さん。こういうお店のコロッケは必ずうまい。
 旧街道は箱根駅伝のコースのさらに上を歩くことになる。それでも少し山を削ってなだらかにしたのだそうだ。江戸から初の難所で、命を落とす旅人がいた。近くには遺体を葬った「投げ込み塚」もある。

 境木地蔵
 武蔵の国と相模の国の境に立つ。

 焼餅坂
 広重の浮世絵にも焼餅を売る店が見える。

 品濃坂
 大きな環状道路をまたぐ陸橋が旧街道
 民家の間の細い路地。これも旧街道。なぜかこの辺りの家は立派な門構えの家が目立つ。昔からの旧家なのか。

 国道脇を歩いたり、旧街道を歩いたり、しばらく行くと柏尾川。ここが戸塚宿の入り口。
 すぐ先がJR戸塚駅で今日はここまで。駅のすぐ入り口にある銭湯。昔ながらの風情がうれしい。ひとっ風呂浴びて帰ろうか。

 桜の花も咲き始め、春らしい陽気の中を歩いた。
 次第に地元の人たちとの会話を楽しむ余裕も出てきた。
 これから先は大都会を離れて地方に入る。旧街道の風景も少しずつ変わってゆくだろう。
 何の決め事もなく出発した旅だが、少しずつではあるが、通して気にかけたいことも出てきた。

(つづく)

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