佐佐木信綱生家
石薬師宿
小さな宿場だが、見るところはある。佐々木信綱の出身地で、街道筋には信綱作の歌がカルタになって掲示してあった。記念館も充実していた。戻ってから同僚の30代の教員たちに「夏は来ぬ」を歌えるか聞いたが、誰一人としてわからなかった。20代は言うまでもなく。
石薬師寺は広重の浮世絵にも描かれている。石板に掘られたお薬師さんで、古くから信仰されていた。
一里塚が寒空に震えていた。
石薬師から庄野宿まではほんの3キロほどだが、迷った。JR関西線や国道1号線に寸断され、東海道は跡形もない。道標もわかりにくく30分ほどうろうろしていた。これが後々響くことになる。
庄野宿
石薬師宿同様後付けの宿場町で、小さな集落だった。しかし、広重の庄野宿は傑作と言われている。先日もテレビでやっていたが、雨一つでも描き分けをしているのがよくわかる。
宿場はすぐに抜けてしまい、急ぎ足で亀山を目指す。途中、川越しの鈴鹿山脈を見る。写真右手方向に(写っていない)能褒野がある。日本武尊の墓伝承地だ。
立派な一里塚を過ぎ、亀山に入る。時速4キロを保って歩くのはつらい。
亀山ローソク本社工場前を通る。
亀山宿
どの家にも屋号が掲げられている。
年輪を重ねた家が多くなってきた。
京の都が近づいたことが伺える。
今日はここまで。次回はいよいよ鈴鹿越えになる。西の最大の難所だ。そして、伊勢から近江に入る。残りわずかになった。
(つづく)
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