711028 棚橋正人
2017年6月4日(日) 前半 イルン(Irun) ~ ウリア(Ulia)
寝袋の中で目が覚めたが、外はまだ暗い。
さあ、歩き1日目。心がはやる。
懐中電灯を探して腕時計を見る。
時計は午前5時。スペインは夏時間なので本当は午前4時。
ドミトリーの部屋の旅人はまだみんな眠っている。
静かに支度を始める。 こんなとき小さな懐中電灯が役に立つ。
「忘れ物はありませんか?」
ベッドの上と下を最後にライトで確認して静かに宿を出る。
街灯を頼りに街を歩く。
昨日は気付かなかったが、道路に黄色い矢印がある。
下見した地点まではスムーズだったが、街はずれで道に迷ってしまった。
5年のブランクがカミーノマークを見つけ出す感を鈍らせているらしい。
暗くて見えないというより、そこあるものがまだ見えていないのだ。
こんな時は元に戻ろう!
ホタテ貝マークの道標を再度確認して地図で場所を探す。
巡礼路はおそらくこの方向だろうと行ったり来たり。
登山口から少し進んだ途中の暗がりで、どうみても竹林らしいものがあった?えーっ!待てよ!竹・バンブーはアジアのものではなかったっけ?スペインにも竹が自生しているのだ。その後、露店で杖を売っているおじさんから竹で出来た杖を買った。値段も手ごろで軽くて良い杖だった。間違いなくスペインにはアジアからきた竹が存在するのだ。
だんだん夜が明けてきた。峠を上ると細長い塔のある教会が見えてきた。
見晴らしのいい公園で休憩することにする。ここまでは誰にも会わずに登ってきた。歩き出したところで若い女性の巡礼者と出会い軽く会釈する。
天気はあまり良くない。暑くなってカッパを脱いだと思ったら、また何度も着ることになる。尾根道をダラダラ歩く。荷物が重い。けっこうきついぞ!
もうしんどくなってきた!歩くペースがどんどん遅くなる。
このあたりで昨夜のアルベルゲの旅人たちが追いついてきた。
でも、雨が止まない。道の両脇には松林があってシダまで生えていて、まるで大阪南部の紀泉高原を歩いているような錯覚に襲われる。初日、ここまですでに6時間経過。だいぶ疲れてきましたよ。
やがて、眼下に小さな入り江の町ドニバネが見えてきた。
福井さんたちはここで昼食をとると言っていた。会えるといいのだが…。
町は何やらお祭りムード。ゼッケンを付けたランニング姿の若者が走ってくる。
どうやらレース会場に迷い込んだらしい。おかげで川べりのバルはレースを応援する人であふれている。そうか今日は日曜日。休日のお昼にずぶ濡れのお遍路さんがスペイン有数のリゾート地周辺の華やかなレースの中に突如出現したわけだ。場違いだが、ここで昼飯にありつかねばならない。雨を避けてテラスで温かい飲み物をいただく。ふーっ!やっと一息ついた。
靴と靴下はたっぷり雨を吸い込んで冷たい。失礼してこれを絞ると少し温かくなった。
近くのレストランを覗いて見たが福井さんたちはいなかった。
「巡礼の道」ははここから渡し船で海上を行き、対岸のサン・ペドロに渡らなければならない。小さくて可愛い船は目の前の桟橋にすぐに着いた。
自転車遍路は右の車の道を行きなさい。歩き遍路は左と、反対方向を矢印が指している。後から分かるのだが、実はここから先がたいへんな難所だった。
歩きの道は天気だったらとても海岸線が美しい探勝路なのだと思う。
が、しかしこの日は昨日からの雨に加えて風も出てきた。海岸に出たとたんに横殴りの雨。その中をこれでもかこれでもかと急登が続く。心拍数が半端なく上がっていく。前後を巡礼者に挟まれペースを落とせない。これはやばいかもしれない!できるだけ休み休み行こう。もう根性なしでいい!まさかの1日目のギブアップ?が頭をかすめる……。
思い返せば、フランス人の道も初日のピレネー超えが道中一番の難所だった。四国遍路ではこんな道を「へんろころがし」という。足を痛めて病院にかかる人、ドクターストップがかかり泣く泣く国に帰る人は珍しくない。
ほんとうに毎年、何人かの巡礼者が山道で遭難し亡くなっているのだ。
アメリカ映画の「星の旅人たち」も主人公の息子が冬のピレネー超えのルートで遭難するところから物語が始まる。四国も遍路脇には亡くなった巡礼者のお墓がいくつも建っているのですよ。
「北の道」お前もか!歩くことに全く身体が慣れてない1日目にこの試練はきついなぁ!やっと心臓破りの急坂がやっと終わると次は樹林帯を行く細い山道が続いた。ここも数日の雨で道がぬかるみ、なかなかの難コースになっていた。吾輩は今回、杖をやめて伸縮できる登山用ストックを一本持参した。ストックは衰えた足の筋力をカバーしてくれると同時に悪路でのバランスの保持に役立つからである。
オリエンテーリングのマーカーが登山道の要所に設置してある。こんな雨の中でも競技が行われているらしく、地図片手の選手が藪の中から急に現れてびっくりする。巡礼者は身軽な選手と違い10㎏以上の重さのザックを背負っている。一度悪路でバランスを崩すと空荷ならなんでもなくても、重い荷物が背中にあるとそれに引っ張られて転倒することがあるのだ。ここは慎重に足を運ばねばならない。
前方の藪が少し開けたところで休憩しているグループがいる。
見れば福井さん一行だった。
あれ!なんかおかしい?
福井さんが座ったまま動かない。顔色が悪い。
あとの二人は心配そうに黙っている。
「どうしたの?」
「バランスをくずして彼が転んでしまった」
「痛みは?」
「胸を打った」
「ちょっと休めば大丈夫だから」と福井さん。
水を飲ませて休ませるが、やっぱり大丈夫ではなさそうだ。
少しすると顔色がだいぶ戻ってきた。
今夜の宿があるサン・セバスチャンまではあと3、4キロである。
街まで出ればタクシーを呼ぶこともできる。
とりあえず二人が彼のザックを持ってくれることになった。
フランス人がストックを二本貸してくれ、最後尾に僕がつくことになった。
行きちがうハイカーが「大丈夫か?」と心配してくれる。
続く山道を何回か休憩しながら無理をせず、ゆっくりと進む。
時差ぼけと寝不足。昨夜は盛り上がって遅くまでのワイン。
初日の興奮からいきなりマイペースではない歩行。
悪天候・悪路・初日からのアクセル全開!
本人は脱水症状のような気がするとおっしゃっていた。
普段からマラソンを走り、山登りも大好きな福井さん。
福井さんと吾輩はともに2012年のカミーノから5年の齢を重ねて65歳。
気は若くとも体力は衰えて当然の年なのかもしれない。
登山道からやっと幅5メートルほどの車が通れる道に出た。助かった!
これでもう大丈夫!よかった!よかった!
少し休んでいると道の向かいにある家から、「アルプスの少女ハイジ」に出てきたような白いお鬚のおじさんがやってきた。
「けが人ではないのですか?」
「だいじょうぶです。転んでしまって」
「なんなら休んでいきなさい」
「水はありますか?」
「ありがとうございます」
気丈にも福井さんは「大丈夫、街まで歩ける」という。
「そちらの建物はアルベルゲですか?」
「わたしはたいへん疲れてもう歩きたくないのですが、泊まれますか?」
「どうぞ歓迎しますよ」
「ありがたい。それではお願いします」
この日、ここに泊めてもらったのは福井さんではなく吾輩であった。
実はもう吾輩の疲労は限界にきていた。
初日の悪コンディションとトラブル。張り詰めた緊張が一気にゆるんだ。
ハイジのおじいさんのやさしい言葉に歩く気力が完全に失せてしまった。
これも地獄に仏!いや神様!
渡りに船とごやっかいなることにしたのでありました。
さて、この出会いがこのあと、様々に展開していくことをこの時の僕はまだ知らない。
カミーノはこれだからおもしろい!
カミーノは全くミラクルだぜ!
この続きは次回をお楽しみに! To be
continued !!
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