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2019年10月2日水曜日

2017年 スペイン巡礼 北の道 (2)


711028 棚橋正人


201763日(土) イルン(Irun
 
朝は宿のバルでカフェコンレチェ(カフェオレ)を飲んで目を覚ます。
さて、これからスペインで使うスマートフォンに入れる「シムカード」なるものを売ってくれる店を探さなければならない。これも平野君のアドバイスで「北の道」は歩く人が少なく、したがってバカンスシーズン以外は閉まっている宿も多い。公営のアルベルゲ以外は予約が出来るのでスマホがあると便利!そこで滞在約50日の期間中、安く携帯を使うには現地で5千円くらいのシムカードを買ってスマホ入れるのが一番よいと教わった。
だが、出発前、遍路の携帯はまだガラパゴス島に所属していた。そこでカミーノのためならばと、清水の舞台から飛び降りたつもりで近くのソフトバンクショップの行列に並んだのだ。さらばガラケイ!元自衛官だという店のお兄ちゃんはとても親切でスマホ初心者のめんどくさいおじいさんにも懇切丁寧に教えてくれたのでありました。

さて、イルンの表通りを歩くとすぐにスマホショップがあった。店長は色黒のインド人らしき人物。英語の単語を並べてなんとかシムカードが欲しいというのは伝わった。次は設定なのだがこれがうまく伝わらない。身振り手振りで位置情報と宿を予約するアプリはなんとか入れてもらって一件落着!ほっ!

店長にお国を聞いたらインドではなくパキスタンだそうな。もう一軒のスマホショップもよく似た店員がいた。スペインの他の町でも「百円ショップ」のような雑貨店は中国系の店員がおり、IT系はキリリとしたインド・パキスタン系の店長であった。異国で商売をするこの方たちはスペイン語を自在に操り英語にも通じている。実に生活力に溢れ逞しい!
だが、完全スマホ初心者のスペイン遍路はこれからまだまだこれで、苦労することになるのをこの時はまだ知らない。

今夜の宿はこの街イルンのアルベルゲ(巡礼宿)と決めていた。チェックインは3時か4時なので地図で場所を確認して下見に出かけることにした。鉄道沿いの道でどちらに行くか分からなくなりウロウロウロウロ…。
信号待ちのおばさんにアルベルゲの場所を聞いたら「この坂を下って左にいきなさい」と丁寧に教えていただく。スペインの方はみんな親切なのだ。この確信は前回の巡礼から変わらず僕の中にある。そのとおりに歩いていくとやがて巡礼のシンボルであるホタテ貝の看板が見つかった。向かいのビルにはスーパーマーケットがあり、明日からの巡礼に必要な食料の買い出しはここでできそうだ。
時間はまだ午前中である。明日の出発は夜明け前の暗いうちの早立ちになるのでコースの下見と足慣らしに町外れまで歩いてみることにした。
ここはバスク地方を流れるビダソア川が大西洋に注ぐ河口近くで、対岸はフランスのエンダーヤである。
テレビドラマの「仮面ライダー」で「死神博士」を演じた個性派俳優の天本英世氏は大のスペイン好きで、フラメンコやロルカの詩を日本に紹介したことで知られている。彼が1980年に書いた本『スペイン巡礼』によれば、市民戦争の時(1936年~1939年)共和派側の国際義勇軍が国境の橋を渡ってスペインに入ったのがこの街イルンであったそうな。スペイン内戦といえばヘミングウェイが書いた『誰がために鐘は鳴る』を思い出す。5年前に歩いた「フランス人の道」のブルゲーテ村にはマス釣りに来たヘミングウェイが滞在したオスタル・ブルゲーテという宿があった。『老人と海』の作者はこのスペインではマスを釣っていたのだ。それももう80年近くも昔のことなのである。

ビダソア川を右手に見てしばらく歩き、途中のバルで軽い昼食を食べた。
今日は土曜日、隣の親父は昼間からうまそうにビールを飲んでいる。それならとこちらもとビールを注文し、明日からの計画を練って町に戻った。
それでもチェックインの3時にはまだ時間があった。そこで仕方なく駅近くの大通りに面したパン屋のカフェで時間をつぶすことにした。道行く人をぼんやり眺めているとリュックサックを背負った二人組が通り過ぎた。一人は東洋人である。どうやら彼らもペレグリーノ(巡礼者)らしい。
巡礼者はやはりカトリックの人が多い。アジアの人で一番多いのは信者がたくさんいる韓国の方である。しばらくすると又その二人連れが戻ってきた。アジアの方がパン屋のドアを開けて中を覗き込む、会釈をすると日本語が返ってきた。なんと彼は日本人だった。彼らはゆっくりできるレストランを探しているので「他をあたる」とドアを閉めて行ってしまった。旅の始めから日本人に出会うとはうれしい!次に会ったときは「北の道」の情報交換をぜひ、させていただこう。昼下がりの時間がゆっくりと流れる。スペインに来たという実感がやっとわいてきた。
パン屋の店長がシエスタ(お昼寝タイム)なので「店を閉めるよ」と言いにきた。そうかそうかここはやはりスペインなのだ!次に店のシャッターが開くのは夕方の5時か6時くらい。スペインでは昼過ぎになるとすべての商店がシャッターを下ろし、店員は帰ってしまう。本当に家でお昼寝をするのだ。働く人が過労死だとかブラックバイトでひどい扱いを受けている国の首相にぜひこれを見せてやりたいと思う。
「人生は楽しむためにある!」というスペイン人!やっぱり最高だぜ!!
少し時間が早いがアルベルゲの前で待つことにしよう。宿はビルの2階にあるらしく、1階の入り口で旅人数人が並んで待っている。先ほどの日本人の方もいたので話しを始める。そのうちにこの方とはどこかで会っている?デジャブではない!とお互いに気が付き始めた。
相手が突然!「棚橋さん?」と言う!
「ひょっとして福井さん?」えーっ!!
こんなことが本当にあるのだろうか?びっくりだ!カミーノではいろいろなことが起こるけれど…。これは真にミラクルだ!

福井さんとは5年前「フランス人の道」で偶然出会っている。たまたまお互いその年の三月に60歳で定年を迎え、5月に初めてのカミーノを歩いている。ちょうど日本語に飢えている時で、僕はいっぱい語り、スペインに詳しい福井さんからいろいろ教えてもらった。帰国後の秋、驚いたことにその福井さんから写真付きの自費出版本『おじさんパッカーは行く サンティアゴ巡礼・その1』が送られてきた。これがうらやましくて!うらやましくて!!
元国語教師は俄然ファイトを燃やし、大学の後輩に頼まれていたスペイン巡礼のブログ原稿を書き始めることになったのである。そして、このブログの編集長である岡部君の巧みな作家操縦の甲斐あってめでたく40日間の巡礼紀行は最後まで書きあげられたのであった。パチパチパチパチ!

文学部国文学科を選んだ輩で、本を書いてみたいと思わなかった奴はいないのではないだろうか。「ここまできたら本にするぞ!」と、阿片よりも強力な脳内物質に促され、周りの人々を巻き込んで2013年12月 棚橋正人著『星巡りの旅人 スペイン巡礼-800キロ歩き旅-』が完成するに至ったのである。まるで夢のような出来事であった。
その後、福井さんとは電話と手紙のやり取りはしていたもののチャンスがなくて一度もお会いしていなかった。だから5年ぶりの再会がスペインのイルンだったのである。周りの巡礼者は日本人二人がなにやら興奮して盛り上がっているのにびっくりしている。そこで英語の堪能な福井さんがこの顛末をみんなに説明してくれた。
みんなは、「それはミラクルだ!」「カミーノの奇跡だ!」などといっしょに喜んでくれた。幸先がいい!こんなことが当たり前のようにカミーノでは起こる。だからこそやみつきになるのだ!
 やがてアルベルゲのドアが開きクレデンシャル(巡礼手帳)を出して受付をすませた。ここのオスピタレロ(アルベルゲの世話人)のおばさんはほとんど英語ができない。「フランス人の道」は世界遺産の道で良くも悪くも巡礼者の対応に慣れている。巡礼者の数が圧倒的に少ない「北の道」でスペイン語のまるでできない遍路にさて、これからどんなことがまっているのだろうか…。

シャワーを浴びて、みんなで持ち寄った夕食を食べ、ビールとワインを飲んだ。昼に福井さんと一緒だった大柄な男性はフランス人だった。食堂には、自転車できている小柄な白髪のベルギー人の紳士、長身のカナダのおじさんと精悍なドイツ人と二人の日本人がいる。なんと国際色豊かなことよ!
おじさん5人組はミラクルと明日からの歩き旅の興奮で大いに盛り上がった。
あまり飲めない吾輩は宴の途中でベッドに向かう。食堂から福井さんの楽しい笑い声が聞こえている。さあ明日から840キロの歩き旅が始まる!
ワクワクしてミラクルに興奮した頭は妙に冴えわたっている。
しかし、それもやがて、時差ボケの眠さには抗しきれず、
いつの間にか爆睡してしまう遍路なのであった。乞うご期待!!

つづく


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