711028 棚橋正人
6月23日(金) セルディオ(Serdio) ~ ジャネス(Llanes) 34㎞
後ろから日本語で「おはようございます!」といきなり声を掛けられた。
飛び上がるほどびっくりした。振り返ると髭面の若者が立っていた。
リュックと杖を持っているから彼もペレグリーノだ。実に流暢な日本語を話す。京都に住んでいたことがあるという。
「名前をジョウダンといいます」
「冗談ではありません。ほんとうです!」
と笑いまで入れてくる。奴は20代のフランス人ジョーダン君。
フランスの大学で日本文学を専攻したという。専門は何だというと「谷崎潤一郎」だという。耽美主義か!いかにもフランス人が好きそうだな。フランスと言えばパリに住んでいる岸恵子さんの顔が浮かんでくる。彼女も「細雪」の映画(1984年)に出ていた。あの妖艶な美魔女は御年80を越えていらっしゃるのに「年齢は七掛けで端数は切り捨てよ」とおっしゃる。彼女の説によるとまだ60だから若いはずだ!
ジョーダン君は頼みがあるという。
「フェイスブックをやっているが、自分の巡礼姿をアップ出来ていない。友人達は自分が巡礼をしているのを信じてくれない。それで、あなたの携帯で自分を撮ってその写真を送ってほしい。FB友達にもなってほしい」
「了解いたした。困ったとき武士は相見互いでござる」
ジョーダン君はこの巡礼が終わったら、京都に行くという。彼女がいるそうだ。よく見るとなかなかの男前だった。こいつはもてるに違いない。その後も彼からFBが届く。ハリウッドの俳優とのツーショットの写真があって、自分は俳優だとか書いていた。よくわからん?悪い奴ではないが、かなり怪しい。
僕は病み上がりでペースが上がらないから、ゆっくり行くよ。君は自分のペースで先に行ってくれ。ひさびさに日本語がしゃべれて楽しかったよ!ありがとう!よい巡礼を!ウルトレイヤ!
ほとんど平坦な道を歩く。川べりにカモがいる。潮が引いて干潟に船が転がっている。巡礼路に沿って鉄道の単線が伸びている。それで何回か線路を跨いで歩く。昼になった。ちょうどいいところに巡礼者メニューの看板があるレストランに着いた。「めしだめしだ!」今日は調子がいいからどんどん歩ける。
別荘地の中に宿のような施設があって、エアーマットでできたトランポリンの遊具があった。そこにプリントしてある漫画がなんと「クレヨンしんちゃん」なのだ。こんなところで「クレヨンしんちゃん」は腰が砕ける。
自分たちの方を見てニタニタしている東洋人をみてスペインの子どもたちがポカンとしている。いいんだよ気にしないで、だだの変なおじさんだからね。長く歩いていると、だんだん箍(たが)が緩んでくるだけだからね。だいじょうぶ!心配ないからね!
今日初めて線路を走る二両編成の貨物車を見た。電車ではないようだ。空が曇ってきた。遠くに岩山が見える。このあたりもまだ石灰岩のごつごつした山が続く。
やっとジャネスの町に入った。やれやれよく歩いた。まだ明るいが、夕方のはず。運動公園のようなところに露店が並んでいる。明日は土曜日か。馬具を売っている。おもちゃ屋さん、パエリアの2m近くある大鍋・食べ物もビールもある。中央の芝生では馬が演技の練習をしている。民族衣装を着た少女が可愛い。移動式のメリーゴーランドもあって、これはたぶんカーニバルの準備なんだ。今夜から明日にかけてみんな楽しむんだろうな。
しかし、頑張りすぎた遍路に道草を食っている余力はない。今夜の宿を探さねば!古い街並みに入ってアルベルゲを探す。中心街から一本裏通りにその古めかしいホテルはあった。
ホテルとあるがアルベルゲとも書いてある。うむ?こんなにレトロでカッコイイところが?巡礼宿?おそるおそるフロントで
「ここはアルベルゲ?」
「そうだよ!」
「ベッドは空いていますか?」
「だいじょうぶですよ」
やった!と喜んでいると、外から泊り客が帰ってきた。
するとその人は名前を呼んで、私に抱きついた。
その方は明らかに女性だった。
なんじゃこれは?夢の続き?
昔々こんな夢をみたことが一度だけあった。
私の人生でこんな瞬間が本当にあるとは信じがたい!
鴎外先生もびっくりだろう!
彼女はドイツ人のソニャだった。私が体調を崩して辛そうだったと誰かに聞いたらしい。巡礼者の口コミは驚くほど早い。この「北の道」にいまどんな巡礼者が歩いていて、一日どれくらい移動しているとか。あのグループは中の一人がほんとは抜けたがっているとか。あの年の離れた二人はどうやら恋におちたらしいなどなどなど。私は会話についてゆけないから詳しく知らないのだが、巡礼者のネットワークはSNSという魔法の鏡まであって噂話は千里を走るのである。
「体調が悪いと聞いていたから心配してたよ」
「元気でよかった!」
「ありがとう!病院へ行ったよ」
「それで、点滴をしてもらって、もう大丈夫!」
「心配してくれてたんだ。ありがとう!」
彼女とは「北の道」を歩き出した初日に出会っている。雨にたたられて助けてもらったアルベルゲで話をして、ゲルニカの手前の宿でも一緒だった。名前を漢字で書いてあげたらとても喜んでくれた。その後もすれちがって今日は4度目の再会。ソニャはいつもカミーノで知り合った女性と歩いていた。が、会うたびに相手が違う。女性の一人旅はそれなりの用心がいるだろうから、ペアを組んだ方がなにかと具合がいいのだろう。
うれしい再会だった。今日歩いた距離は初めて30キロを超えた。これもめでたい!
一番最後に宿に着いたお遍路はもうくたくた。
シャワーを浴びて、食事に出て一目散にベッドに。
今日はいい夢見られるぞ!!
グッドナイト!!
(つづく)
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