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2020年7月1日水曜日

2017年 スペイン巡礼 北の道 (41)


711028 棚橋正人
79日(日) ミラズ(Miraz) ~ ソブラド ドス モンセス(Sobrado dos Monxes)  26㎞                                                        


これを書いている今日は、2019623日。「北の道」を歩いてからもう丸2年が過ぎてしまった。本格的に書き始めるまでの空白が長くて記憶をたどるのにとても苦労している。二度目のカミーノのメモは適当で参考にならない日が多い。その点、頼りになったのはデジカメの写真だった。その写真の情景から記憶を引っぱり出すと、その時の感情や空気までがよみがえってくるから不思議だ。

6月は梅雨のはずだが今年は異常気象で大阪は未だに梅雨入りしていない。
我家ではこの時期に梅のジャムを煮る。和歌山の南高梅で煮た梅ジャムはとても美味しい。プレーンヨーグルトに入れて食べるのがいい。漱石もジャム好きだったが、小生もジャムには目がない。しかし、市販のジャムは長持ちさせるために砂糖の割合が多い。すると甘すぎて胃に負担がかかるのだ。胸やけから胃潰瘍になり「修善寺の大患」になるとまずいので砂糖はレシピの半分にする。この方がかえって素材の味が残っていて旨い。
記憶に残るうまいジャムがもう一つある。しかし、残念なことにこれはもう食べられない。食べられないからそれに似たものを探すのだが、なかなかない!ないとよけいに食べたくなる。それは「ルバーブ」というふきのジャムである。長野の善光寺さんの裏山の七曲りという道をぐんぐん登ると戸隠山という霊験あらたかな山が見えてくる。そこにアルプスの山小屋のような「チェンバロ」というカフェがあった。ここのマスターがふきを育ててそれをジャムにしていた。今からもう40年も前のことである。ルバーブのジャムはフランス料理で使われるからヨーロッパでは普通にスーパーの棚に並んでいる。だが日本ではめったに見かけない。その後、ルバーブと名のついたものを見ると買うのだが、季節限定のチェンバロのルバーブジャムとはまるで別物だった。そのチェンバロにはなぜか詩人の谷川俊太郎が日本に一台しかないという外車でやって来たりする。その店で友人の岸田今日子さんが詩の朗読の会をやったり、クラシック演奏会も開かれたりする。
そんな店のマスターがとつぜん亡くなった。春に立ち寄ったチェンバロでマダムと少しお話をした。スペイン巡礼の話をすると「その道を歩けば亡くなった人に会えますか?」と聞かれた。「会えますよ」と即答できなかったのが心残りで、次の機会と思っているうちにチェンバロは通年営業をやめてしまった。
この「北の道」巡礼記の最初に登場する福井さんからおしえてもらった本がある。「仮面ライダー」の死神博士を演じた、個性派俳優天本英世が書いた『スペイン巡礼』という本だ。天本はスペインのフラメンコを心から愛した人で、その本の帯に岸田今日子がこう書いている。

   天本さんはスペインに「くるって」いる。「くるう」というのは差別的用語かもしれないけれど、何かに「くるう」なら、あんなふうに「くるい」たいと、わたしは天本さんを尊敬している。その天本さんがスペインを歩き回って書いた本だからたいへんだ。

とある。天本さんもひょっとしたら戸隠に来たかもしれない。
マスターも今日子さんも天本さんも亡くなってしまったが、ここでまた何かがつながった気がした。チェンバロのその後が気になって探したら、マダムのブログがみつかった。1997年開業当初の厨房の壁にマスターが書いた言葉がある。
   
    歩み入るものにやすらぎを 去り行く人にしあわせを

これはドイツのローテンブルグの門にラテン語で書かれてある言葉だそうだ。
そして、これはマダムが好きな詩

    一粒の砂に世界を見る
    一輪の野の花に天国を見る
    てのひらに無限を乗せ
    ひとときに永遠を感じる
                    ウイリアム ブレイク

旅は一期一会。一瞬の出会いが最良のものでも、同じ場所、同じ人でも次の瞬間には別のものとなる。また会えると思っても二度と会えないこともあるのだ。自分が宝石だと思ったものが、他人には石ころにしか見えないことだってある。「日々旅にして旅を住みかとす」る人生がそんな旅だとわかっただけでもカミーノを歩いたかいがあったと思うのだ。

さて、スペインはミラズ(Miraz)のアルベルゲにもどろう。
歩き出して最初に見つけたモホンにはあと84.9㎞の数字。曇った草原を行くと奇岩の中に導かれる。小高い山そのものが一つの岩であるようだ。明らかに石を切り出した跡も見える。道と森林の境に背丈ほどの石の壁が続く。

雨の多い森はシダと苔に覆われている。そこを過ぎると、またもや一枚岩の広場が現われた。まちがいなくコンクリートではなく天然石なのだ。石の平原に不思議な石垣が続く。人くらいの大きな石を等間隔に並べその隙間に平べったい石を重ねていく。この石垣の厚さなら大砲の玉もはね返すかもしれない。何もない平原。あるのはボウボウと茂る草ばかり。石垣の専門家、わが奈良大学の千田先生に見せてこれがなにか聞きたいと思った。牛や羊の柵ならこんな強固なものは必要ないと思う。この近くのルーゴはローマの城壁で世界遺産になったところだ。ひょっとしたらここの石が使われたのかもしれないな。

 次のモホンは「81.451㎞」小数点以下はいらないな。丘に黄色いヒースの花が咲いている。きれいだが触るととげがある。森の中を3人の女性が歩いていく。ほんもののオオカミは出ないが、詳しい方の話では「変質者が車で待ち伏せしていて大声をあげたら逃げて行った」ということもあるそうだ。めったに聞かない話だが女性一人の場合は気を付けるにこしたことはないと思う。
 
 
 畑に出たらジャガイモの白い花が咲いている。見とれていると前から牛が小さなスクーターの親父に追われてドヤドヤやってきた。15頭くらいいる。親父は杖を片手にゆっくりと牛を誘導していく。うまいもんだ!オフロードのバイクで牛を追うのは見たことがあるが、50ccのスクーターとは考えたものだ。舗装路ならきっとこのほうが楽にちがいない。
 
 続いて坂道を自転車巡礼3台が登ってくる。お父さん・娘さん・お母さんのファミリー。「オラー!」「オラ!」ハーハー言いながら挨拶を返してくれる。自転車はマウンテンバイク。後ろに振り分け荷物。フレームには500㏄の水筒が2つ。交通安全の黄色いベストにヘルメット。装備はパーフェクトである。お母さんがグッドラックの挨拶をしてくれる。がんばって!娘さんにとっては一生の思い出のいい旅になる。「ブエンカミーノ!」「ウルトレイア!!」
 出発して4時間。そろそろ歩くのが嫌になって道端で休憩していた。すると、ゾロゾロゾロゾロ!恐れていた大量の高校生集団がやってきた。彼らに共通するのはなぜか銀マットをザックに取り付けていること。男女は半々くらい。元気なのもいればイヤイヤなのが丸わかりという奴もいた。カメラを向けると「オラー!」と挨拶を返してくれる。若者が歩いていると何故かおじさんは嬉しい!

すべての高校生に追い越されたおじさんは「うんこらしょ!」と重い腰をあげて、またトボトボと歩き出す。1時間ほど牧草地のなかを行くと車が止まって後ろの扉が開いている。そこに先ほどの高校生がたまっている。なるほどこれは奴らのサポートカーか。彼らは引率されてカミーノを歩いているのだ。
そういえば以前TVで、夏休みに先生に連れられてカミーノを歩く高校生たちを見たことがある。ということは先ほどの一団に先生もいたのか?全部高校生に見えたぞ!ドライバーはリーダーらしい30代の先生。「よかったら食べてください」と声をかけられる。のぞくと飲み物からフルーツ・お菓子・パンまであった。先生たちが一般の巡礼者に気を使ってくれているのがわかる。こちらも同業者なのですよ。「ごくろうさまです!」「たいへんですね」「がんばって!」と思いを込めて会釈する。

次のモホンにはあと「69㎞」とある。その次は「64㎞」。さらに行くと道に落ちそうな巨石があって尾道の千光寺に向かう坂道を思い出した。切り通しを抜けると沼があった。水面に白い睡蓮の花が咲いていた。説明書きによれば、この沼はこの先にある修道院のお坊さんたちが灌漑のために堰き止めて作った湖だそうだ。もう町は近い。

坂を下ってソブラド・ドス・モンセスの町に到着。ここは修道院の中にアルベルゲがある。が、そこはおそらく先ほどの高校生が泊ることになるのでベッドが埋まっていることだろう。町の中に私営の宿もあるのでそちらを探すことにした。午前中と違って天気は回復。青空が見えてきた。シャワーの後、サンタマリア・デ・ソブラド修道院を見学する。ゴシック建築の3本の塔はみごとだが、教会の中は古びて豪華絢爛の昔を偲ぶのは難しい。現在はシトー修道会の修道士がここで共同生活をしている。
 
 今夜はレストランで9ユーロの「メヌー・デル・ペレグリーノ」(お遍路さん定食)を食べた。内容はMixed saladPork steak with chipsの2品にパンとワインとデザートとコーヒーが付く。これで千円ちょっとなのはありがたい。
天気も良し。明日はいよいよメインルート「フランス人の道」と合流する。まちがいなく巡礼者の数が増える。静かなカミーノは明日一日で終わる。

明日も楽しんで歩こう!

最後まで何が起こるか分からないのがカミーノ。心して歩こう。

今夜も早寝のお遍路さん。おやすみなさい。


(つづく)







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